コラム

【寄稿】キャリア教育が育む「自分の軸」-主体性形成の重要性と実践からの考察-

こちらの記事は、一般社団法人キャリア教育たかぎごやの代表理事 齋藤広明様に寄稿いただきました。

キャリア教育との出会い

 キャリア教育の可能性に気づいたのは、一昨年度の出来事からである。私の母校である兵庫県立長田高校でのキャリア教育講演会での出来事は、私の考え方を大きく変えることとなった。

 そのきっかけは、ある生徒から以下のフィードバックをいただいたことである。「今日、授業中に当ててもらってアドバイスをいただき、視野を広く持つための大きなヒントを得られました。それだけで自分にとってすごく価値のあるものでした。」(個人情報保護の観点から一部修正。)このコメントは、キャリア教育が持つ可能性を示唆していた。たった一度の介入でも、生徒の人生に意味のある影響を与えられる可能性があるのではないか。

現代の教育現場が抱える課題

 この認識は、現在の教育現場が抱える課題とも深く関連している。というのも、昨年度から京都大学経営管理大学院に社会人学生として学んでいるのだが、そこで興味深い現象に直面したからだ。具体的には、学部生や学部からストレートで進学した院生たちとの対話から、現代の若者が抱える主体性の課題が浮き彫りになった。

 例えば、「なぜこの大学に進学したのか」という問いに対し、「親に言われて何となく。」という回答。「将来の夢は?」との問いには、「親が、文系ならば弁護士、理系ならば医者というので…。」という返答が返ってきた。これは単なる進路の問題ではなく、若者のキャリア形成における主体性の欠如を示す深刻な兆候である。

ビジネス現場における課題の表面化

 この課題は、ビジネスの現場でも顕在化している。大学院の同期である大手企業の管理職の方は次のように指摘する。「当社には、超一流大学出身者が多数入社してきます。しかし、彼ら彼女らから新規事業や革新的なアイデアが生まれにくい状況があります。これは企業の将来に関わる重大な課題です。」

 このような主体性の欠如は、日本の将来に関わる重大な課題である。なぜなら、グローバル化が進む現代社会では、自ら考え行動できる人材の育成が不可欠だからだ。指示待ちの姿勢では、イノベーションの創出は望めない。

「自分の軸」の重要性

 では、どのようにしてこの課題に向き合うべきか。その答えの一つが「自分の軸」の形成にあると考える。

 私自身のキャリアを例に考えてみたい。現在、行政書士及びオンライン家庭教師として自営業を営みながら、9歳と6歳の子育てに携わっている。以前は10年ほど小学校教師として勤務し、それぞれの子どものために半年及び1年間の育休を取得。2021年3月に依願退職し、現在の働き方を選択した。

 このキャリアの選択において、私の「軸」となったのは「子育ての重視」という価値観である。これは、必ずしも最初から明確だったわけではない。しかし、この軸があったからこそ、教職から自営業という大きなキャリアチェンジを決断できた。

 重要なのは、若い時期に描いたキャリアプランと実際の人生が異なることは自然だということである。キャリアは社会環境や個人の価値観の変化に応じて柔軟に変化しうる。しかし、その変化の中でも揺るがない「自分の軸」を持つことが、人生の岐路における判断を支える。

 ここで主張したいのは、このような「自分の軸」の形成にキャリア教育が重要な役割を果たすという点である。冒頭で触れた高校での講演会での生徒の反応は、その可能性を示唆している。

これからのキャリア教育の在り方

 ここで、私が言う「キャリア教育」について明確に定義しておきたい。従来のキャリア教育は、ともすれば「何になりたいか」という職業選択に主眼が置かれがちであった。しかしながら、これからのキャリア教育は「どのように生きたいか」という、より本質的な価値観の形成に重点を置く必要がある。例えば、「仕事を通じて社会にどのような価値を提供したいか。」「人生において何を大切にしたいか」といった問いかけを通じて、生徒自身が「自分とはいかなる存在か」という自己認識や自分の価値観を見つけ直す機会を提供すべきである。

 そして、価値観の形成には、具体的な実践が欠かせない。その一つとして、多様な社会人との対話の機会を積極的に設けることを提案したい。私の高校での講演経験からも、一回の対話が生徒の視野を広げる契機となることが示唆された。

 特に重要なのは、従来の「成功モデル」だけでなく、キャリアチェンジを経験した人、複数の役割を両立させている人など、多様なロールモデルとの出会いである。例えば、育児と仕事を両立する社会人、副業を持つ会社員、地域活動に携わる経営者など、様々な生き方のモデルを提示することで、生徒たちの視野を広げることができる。

 また、教育現場での問いかけも、より主体的な思考を促すものへと進化させる必要がある。「なぜそう思うのか。」「そのような選択をした理由は何か。」といった、価値観の深掘りを促す対話を重ねることで、生徒自身が自分の「軸」を見出すプロセスを支援できる。

キャリア教育がもたらす効果

 このような新しいキャリア教育の実践により、個人と社会の両面で大きな効果が期待できる。

 個人レベルでは、自分の価値観に基づいた、より確かな人生の選択が可能となる。先述した京都大学の学生たちのような、他者の期待に依存した進路選択ではなく、自分自身の「軸」に基づいた主体的な選択ができるようになるだろう。

 そして社会レベルでは、イノベーション創出の基盤が形成される。なぜなら、自分の「軸」を持ち、主体的に考え行動できる人材こそが、新しい価値を生み出す源泉となるからだ。先に挙げた企業の管理職が指摘した課題-優秀な人材からイノベーションが生まれにくい状況-の解決にもつながるはずである。

 このように、キャリア教育の再定義と実践的なアプローチの導入は、個人の人生の充実と社会の発展の両面において、重要な役割を果たすことが期待される。

おわりに

 最後に強調したいのは、キャリア教育は単なる進路指導でもないということだ。それは、若者が自らの価値観を形成し、人生の選択において主体性を発揮するための重要な機会である。一回の介入でも、それが適切な形で行われれば、生徒の人生に大きな影響を与える可能性がある。

 

 

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